帆引き船の3大メカニズム
この章では、今回の科学的な調査で明らかとなった「帆引き船の全体メカニズム」「つり縄のメカニズム」そして「ものぐさ縄のメカニズム」という帆引き船の3大メカニズムに迫っていきましょう。
補足
装置などが働く仕組みや機能を言います。
帆引き船の全体メカニズム
湖面を真っ直ぐに吹いてきた風が帆に当たると、つり縄の働きで帆がパラシュートのように丸く膨らみます。これにより帆全体で風を受け止められ、船を力強く前に推し進めることができるのです。
身近な例をあげてみましょう。たとえば雨風が強い時に、水平に差していた傘を横に傾けると、風をまともに受けて、傘が飛ばされそうになった経験がありませんか。推進力のイメージはこれと似ています。
帆引き船の全体メカニズムを表した図を見てください。
帆引き船は、船を前に押す風の力(推進力)と網にかかる水圧の力(抗力)、この二つの力のバランスを保つことによって、横向きにもかかわらず、安定した走行ができます
この図は漁師さんの長年の実体験のお話と今回の風洞実験、つり縄・出し縄の張力測定などの結果を総合的に判断して作図しました。
(原案:岩崎真也 作図:岩崎晃大 監修:山﨑慎太郎・松田秋彦)
★膨張力(ぼうちょうりょく)…帆に当たった風は帆全体におよび、帆をふくらませる働きをします
★船の推進力(すいしんりょく)…風は帆を膨らませると同時に、船を前進させる働きをします。この推進力が一番大きな力となります。
★網の抗力(こうりょく)…網は引っ張られると水圧により、反対の方向に抵抗する力が生まれます。
★帆を押し上げる力…現在の帆引き船は、帆を上げる直前に帆柱を少し網側に傾けます。これは上向きに働く風の力を借りて帆を上げるためです。
現在、観光帆引き船に使われている船は大型で重いため、昔のエンジンのない小型で軽い船に比べ、船自体が安定しているのが特徴です。
そのため推進力を最も効率的に受け止められるよう、帆桁の綱をのばし帆が風に対し垂直になるようにしています。
昔の手漕ぎ時代の船は、船自体を網側に少し傾け、上向きに働く風の力を強めていました。この上向きの力が帆を空中にとどめる力となって、軽い小さな船にもかかわらず、今の帆引き船と同じように安定して走行ができたと考えられます。
この仕組みは、凧に似ているとも言われてきました。
もう一度、全体メカニズムのイラストを見て下さい。このようなメカニズムを持つ船は、これまでに帆引き船以外に見つかっていません。これはすごいことだと思いませんか!
今回の実験で、推進力の配分についても面白い結果がでました。
実験で推進力の配分がわかった!
実験の内容は、エンジン付きの船で「船だけを引っ張る」と「船に網を付けて引っ張る」の二通りの張力測定を行い、引っ張る力を比較したのです。
なんと推進力の90パーセントが、網を引く力に使われていたのです。
船本体を引く力はわずか10パーセントでした。網の水圧に比べ、横向きにもかかわらず、船の抵抗力がとても少ないことが分かったのです。
推進力の実験のようす
補足
網は引っ張られると水圧により、反対の方向に抵抗する力が生まれます。
現在の帆引き船は、帆を上げる直前に帆柱を少し網側に傾けます。これは上向きに働く風の力を借りて帆を上げるためです。
「つり縄」の働きとそのメカニズム
つり縄は、スピードをあげても船が転覆しないように考え出されたという事は帆引き船誕生の物語でお話しました。
実は、つり縄の働きはそれだけではありません。下にまとめてみました。
1.強い風で帆が押されても船が転覆しない。
2・船の馬力をあげてスピードを出すことができる。
3.網口(あぐち)を立体的に開くことができる。
4.風の力が上向きに働くようになり帆が上げやすくなる。
張力測定でつり縄の力がわかった!
さらに、今回の張力測定の実験で分かったことですが、その値がつり縄の方が出し縄よりもおよそ5割大きいという結果が出たのです。
これはつり縄が網を引く力に加え、帆を支える力が働いているからではないかと考えられます。
ただし、実験を行った山﨑慎太郎先生によれば、つり縄、出し縄の長さで引っ張る割合が変わる可能性もある、とのことです。
つり縄に取り付けられた防水型張力測定装置
網口(あぐち)
魚をためておく袋の入り口をいいます。図のように帆引き船の網口は上下四本の綱で引っ張られているため大きく開くことができます。
中央の綱は「中つり」といって主に網を浮かせる役割をしています。
「ものぐさ縄」の働きとメカニズム
次に帆引き船を動かす上で重要な役割を担っている「ものぐさ縄」とそのメカニズムについてお話ししましょう。
ものぐさ縄は、写真から分かるように左右の帆をつないでいる1本のロープで、舵(かじ)の役割をする重要な綱です。船の真ん中あたりであまり動かなくても操作できるようたるませてあります。皆さんは「でも船の後に舵がある…。」と思うかもしれません。その通り、舵はあります。
でもこの舵は、船を真っ直ぐはしらせる時に使い、横向きの場合は使えないのです。そこで「ものぐさ縄」が使われるようになったのです。
左右のどちらかの綱を引けば、引いた方に船の進路を変えることができます。
それにしても、ものぐさ縄とは面白い名前の綱ですね。「ものぐさ」という言葉は、面倒くさいとか怠け者とかの意味で、あまり良いイメージではありません。
しかし、船を流し終わった後には、帆を降ろし、網を引き揚げるという重労働がまっています。ですからなるべく無駄(むだ)な動きをさけて、体力を残しておく事が大切だったのです。
風洞実験
ものぐさ縄ありの模型
風洞実験の目的の一つには「ものぐさ縄」の働き(メカニズム)を科学的に明らかにすることでした。
実験はものぐさ縄有りの模型とものぐさ縄無しの模型の二通りで行われました。
写真は、ものぐさ縄有りの模型です。船の後ろ側の帆を「ものぐさ縄」で引いた状態で作ってあります。
さあ、どんな結果になったでしょう。
クイズ
ものぐさ縄を引いた時、船の動きはAとBどちらが正しいと思いますか?
A スライドしていく
B 回っていく
正解はAです!
船は斜め方向にスライドしながらに進んで行くのです。
ものぐさ縄のメカニズム
帆の左右に流れる風が、ものぐさ縄で引かれた帆の出っ張りに当たると船を前に押す力(推力)に加えて横力(よこりょく)が発生します。その結果、帆引き船は引いた方向にスライドしながら進路を変えます。
風洞実験で「ものぐさ縄」のメカニズムがわかった!
風洞実験を行った松田秋彦先生は、報告書の中で実験の結果を線グラフで示し、その理由を次のように説明しています。(筆者要約)
1.推力(すいりょく)はものぐさ縄の有無で違いがない。
2.横力(よこりょく)は引いた方に、はっきりとプラスの値が出ている。右側(船尾側)に船を押す力が発生している
3.モーメントは、ものぐさ縄の有無では発生しないか発生しても極めて小さい。
まとめると、「帆を押す力(推力)に変化はないが、横に押す力(横力)は発生する。しかし回転させる力(モーメント)は発生しない」という事になります。これにより帆引き船は速力を落とさず、さらに風向きが同じなため、裏帆を受ける危険もなく、安定した姿勢で進路変更ができる、と報告書に書かれています。
ものぐさ縄を使った進路変更のメカニズム、凄いと思いませんか!
風洞実験を行う松田秋彦先生(大阪大学にて)
補足
力学では、回転する力やねじれを生み出す力のことを言います。
帆が後から風を受けること。転覆する危険が高くなる。
文責 岩崎真也
この章は水産工学がご専門で今回の調査で専門委員を務めた松田秋彦先生にご助言を頂きました。